創業者の思い

会社の歴史

大手のフィルム包装加工会社で15年間勤務し、修行いたしました。昭和53年に高山に帰り、妻と二人で起業し、現在に至っております。
当初は取り売りを致しておりましたが、外注先では思うような製品が出来ず、苦悩の末、印刷工場を設備しました。お蔭様で順調に業績を上げ、地元の方々によりお役に立てるようラミネート、製袋加工を備えた一貫工場を設備しました。
その後、名古屋、富山等へ進出し、平成10年には名古屋営業所を開設。平成15年には食品の衛生管理には不可欠な保冷剤(自社製品クールランナー)の製造にも着手し、飛騨の地に根ざした食品包装資材の販売ならびに包装機械類の販売・修理を生業とする会社としての役割を日々追及しております。

 

業務内容(漬物、味噌、こんにゃく、スープ、カレー等 水物に絶対の自信)

軟包装資材の加工、つまり赤かぶらなどの漬物、味噌、菓子等の袋をはじめとする包装資材のデザインから印刷、ラミネート(多層化)、製袋加工を行なう一貫工場を備えております。飛騨では無論、岐阜県下でも数社しか同様の設備はありません。
例えば飛騨の特産品「赤かぶら」の包装は鮮明な赤い色を保つ為に性質の異なるフィルムを三~四層にして使用します。さまざまな食品に対して内容物保護の観点から最適な材質の選択が必要です。わが社の誇れる内容の一つにこの赤かぶらの包装材料があります。
昭和52年頃には常温下では10日間位で赤かぶらは鮮やかな赤色から黒く変色してしまいました。その包装資材に特殊フィルムを使用することにより、現在では2ヶ月経過しても黒くなりません。
このような内容物に対する包装材料の適性をたえず考え続け、よりよい包装材料をお客様に提案させていただいております。また、包装資材の使用先には必ず包装機械があります。お客様の作業の効率化、スピード化のお役に立てるよう、包装機械の販売のみならず、トラブル時の修理にも対応できるよう技術を身に付けております。

 

現状と今後について(包装資材が無かったら物が売れない)

私達の使用する原材料はプラスチック=原油がもとです。原油の供給や価格の不安定さはしばしば大きな問題になります。しかし包装する袋がなかったら、お客様の商売も成り立ちません。どんな状況でも安定して商品を提供することに大きな責任と使命を感じております。わが業界も価格破壊、小ロット化の進行、納期の短縮等、益々競争が激化し厳しさを増しております。
一貫工場をより強固にし、「飛騨人の伝統技術を飛騨から発信」を合い言葉に、きめ細かなニーズへの対応力で全国展開を目指して参りたいと思います。

 

信条 ポリシーについて

お客様から買っていただいた代金を頂き、その内から仕入れた分の支払をし、残ったお金で社員に給料を支払い、会社を存続させる。この商売の基本を忘れている方が案外多いのではないかと思います。また、当然の事ですがどんな会社でも建物や機械だけで成り立たつわけで無く「人材」で構成されています。お客様、社員、仕入先の方々など当社を取り巻く人達に感謝を忘れぬよう、毎朝5時過ぎに起床し、神棚に参拝し、心を清める事から一日が始まります。
今後も皆様に感謝を忘れず「熱意、誠意、創意」をモットーに更なる前進を続けて参りたいと思っております。

 

株式会社高山パッケージ企画
会長 小瀬 勇